IT日々是好日

Webエンジニア。あと色々。

僕なりの社会との交わり方、働き方(プログラマー回顧録)

いきなりだけど、僕には持病がある。

だからといって何かを求めているわけではないけど、身体がキツイときはあるし、週一回は病院通いなど「めんどくさい身体」とセットになっている。

そんな僕の一応の肩書きは「フリープログラマー」。

なんの役に立つか、誰が為か分からないけど、自分のことを話してみようと思う。

幼少期:
僕は、「さぬきうどん」しか知られていない四国・香川県で生まれた。
たしか5歳くらいのときは絵を描くのが好きで、思い浮かんだものを裏紙などによく描いていた。
その頃、スーパーカブに乗って、よく家にやって来ていた叔父さんに絵を見せたところ、「おー上手いな」とか「何でもいいから、そうして続けることが大事だぞ」などと言われ、ちょっと嬉しくなっていた。
今、考えると、うちの家族は根気がないことを間接的に言っていたのかもしれない。

小学生:
ある日、学校に行くと掲示板のところに「NECプログラムコンテスト賞金10万円」みたいな張り紙がされていた。
ちょうどその頃は、パソコンってものは自分で思ったとおりに動くものすごい機械だと勘違いしていたので、先生に参加したいといったが、プログラムなんて分かる先生はいなかったのでコンテストは簡単に諦め、その代わりに電機店でパソコンを触るようになった。店に通って触るだけ触って、その店で買ったものはフロッピーディスクだけ。
まさしく営業妨害だった。

中学生:
ようやく、パソコンを長い時間触れるようになった。美術部に入ったが、コンピュータ部みたいなのが無かったので非公式に作った。
パソコンはシャープのものすごく古い機種と、富士通のFMVが触ることができたが、なぜかシャープの古いのばかり触っていた。

我が家は自営業(建設業)で2、3ヶ月収入がないのは当たり前の生活だったけど、自分のパソコンを買ってもらうことにも成功した。当然の成り行きでシャープ製品だった。
スクリプトみたいなものから、簡単な機械語まで、ひたすらプログラムを作った。
学校でも、とびっきり頭のいいクラスメイトが遊びに来て自分が作ったゲームを遊んでくれたり
数学を教えてくれたり(結局わからなかったけど)してすごく嬉しかった。

そして、この頃、「ドラクエ」や「風来のシレン」でおなじみのCHUN SOFTの中村光一さんが、
同じ香川県出身で高校時代から有名なプログラマーだったと知って憧れるようになった。

高校生:
家の事もあったので、進学校へ行くことは最初から考えず、工業高校に入った。
親は進学校へ行って欲しいと思っていたかもしれない。
ただ、仲のよい友達が、ほとんど進学校へ行ってしまったのでそれは少し寂しかった。

工業高校ではコンピュータ部があったので、即効入った。
当然ながら、詳しい先生もいて、環境的には恵まれていた。
この頃になると、開発言語はC言語。
先生から作るように言われたのは基本情報技術者試験などで出てくる「CASL2エミュレータ」。
自分で作っていたのは、とあるアニメのキャラクターが登場する「CPU対戦型のオセロゲーム」などだった。
文化祭用に作っていたアドベンチャーゲームは見事に失敗した。

コンピュータ部の部長でもあったし、おそらくコンピュータについては結構やっていたと思う。
だから、情報系に関してだけは学校でも上位だった。
そうは言っても、どこにでもある工業高校。就職、進学には推薦が必須。
当然ながら、職種はプログラマーで親を安心させたいという気持ちもあったので、
横浜にある大手電機メーカー系のソフトウェア会社に就職した。

社会人:
会社に入ると、それはそれは優秀そうな人がいっぱいいたり、プログラマーらしく(?)ちょっと変な人がいたり、いろいろ経験した。
僕は体調が悪くなり、仕事が出来る状態ではなくなったので、会社を辞めることにしたが、いまでも、その頃の同期の人とはSkypeなどで話すことが多い。
最新のAndoroid端末のことや、半導体業界の裏話などが聞けて面白い。

完全なるニート時代:
色々なところが悪くなり入院したり、ただただ寝たりする日が続いていた。
病院にいても点滴に頼って無理やり眠る感じなのだけど、時々、深夜の病棟が慌ただしくなる。
病院では元気になって退院する人と同じくらい、力尽きてしまう人もいる。
現実から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
退院が許されても、その気持を完全に忘れることは出来なかった。

模索の時代:
まるで期待もしていなかったが、持病があることを言いつつハローワークなどに行ってみたりした。
そしてそこで言われたのは「十分な加療をし、働ける状態にあるという医師の診断書が必要」というつれない返事だった。
「終わった」・・・本当にそう思った。

職業訓練
ぼくはTwitterを始めたとき、できるだけIT系の人をフォローしようと考えた。
アイコンはともかく情報系の人が多いことはすぐにわかったし、文系の人は話が面白かった。
そして、Twitterで刺激を受けながら、職業訓練を受けることにした。
職業訓練というのは、たとえばWebデザイナーになるための最低限の知識を習得したり、就職に有利になる資格の取得を目指すものだ。しかも、生活費を支給してもらえる。
一応、職業訓練といっても立場は学生なので、学割が使えたりする。
僕はもらったお金が生活のために大切なお金だったが、無理して「Adobe CS5 Web Premium」を買った。
学割で75%の値引きと言っても、12万円くらいする恐ろしいソフトだ。
でも、なにかにつけてPhotoShopや、IllustratorFlashが必要に感じていたので頑張って買った。

その他、お金で買った物がMac Book Pro 13inch(2010 late.)だ。
これは、どちらかと言えば、iPhoneのアプリケーション開発がやってみたくて買った。
iPhoneのアプリはObjective-Cという聞いたこともない言語がメインで使われていて、最初は何が何だか分からなかった。
後に他の開発言語も使うようになったけど、iPhoneアプリはカメラとか、GPSとか、ネットが不安定とか、バッテリーが無いとか、電話がかかってくるとか、通常のパソコンのアプリとはまるで違ったことを勉強する必要があった。
こんなことをしてて仕事に繋がるのかと思うと、とても厳しく感じたし辛かった。

Twitterの力:
ときどき、IT系のことをつぶやいていた僕のところにDMが届いた。
「近くでSOHOの人のイベントがあって、Webデザイナーとかプログラマーが集まるから参加してみない?」
というものだった。
今の自分が、参加して大丈夫か心配だったが、Webデザインでは目立てそうにないので、
iPhoneのゲームを作って、そのイベントで見てもらった。
「どうやって作っているのか?、絵はどうしたの?、音楽は?」色々聞かれたので包み隠さず話した。

そうして、5時間にも及ぶイベントが会場になっている喫茶店閉店時間ということで終わった。
参加者の中にiPhoneアプリを作っている人がいて、とても抱えきれないほどの仕事の依頼が来ているんだと言って、
僕に「ここに電話してみて。気さくな会社だし、なにか出来る仕事があるだろうから」といって一枚の名刺を渡してくれた。

その名刺をくれた人はフリープログラマーで、温厚で物静かな素敵な人だった。
僕は一週間かけて、ゲームの完成度を高めて、その会社を訪問した。
最初は派遣社員とかの登録に来たのかと思っていたようだったけど、自作のゲームを見せ、
自分の今まで考えていたアイデアを話したら、「ある程度、自由に作ってもらえる在宅の受託開発のほうがいいかな」と
言ってもらえた。
通院などが欠かせない自分にとって在宅というのは魅力的だった。

みんなに感謝:
僕はプログラムしかやったことがない。現時点では、とても一人ではやっていけない人間だ。
それでも、すでに2つほどお仕事の依頼が来ている。
この仕事を探している段階で、低学歴の履歴書や、エントリーシート、業務経歴書、病気のことなどを
担当者が重要視したとしたら、確実に門前払いだったと思う。

しかし、そんな紙よりも自前のiPhoneiPadでデモした自作ゲームのインパクトが強かったようで
企画から開発、最終的な品質確保まで一貫してできること、開発工数(時間)を押さえていることを評価してもらえた。

今、iPhoneなどスマートフォンアプリの開発者は大手ソフトウェア会社でも、地方の小さい会社でも、
圧倒的に不足しているのが現状のようだ。なにせ、ここ2年ぐらいで大幅に需要が増えたのだから。

プログラマーを目指す人はGoogleで「iPhone 受託開発」等のキーワードで、ちょっと調べてみたらどうだろうか。
独学が前提だけど、仕事は確実にあるはず。

Google検索や2chでは、「受託開発」についても、社会人時代の大手電機メーカーについても、
ネガディブなことばかり書かれているかもしれないが、僕を紹介してくれた同じ年くらいの人は
立派なマンションに住んでいる。

給料制じゃないから、頑張り次第なのだ。

さいごに:
今日のこのブログは、何かの宣伝ではない。

自分の身体にハンデがあっても、学歴にコンプレックスがあっても、
スーパーカブの叔父さんが言っていたように「何でもいいから、続けることが大事」で、
自分の作品を次々アウトプットしていけば、どこかの誰かが声をかけてくれるかもしれない。

「この人なら任せてもいいかな」位に思ってもらえれば、少なくとも
ご飯を食べていける程度の仕事になるチャンスはある。

だから、みんなも自暴自棄になったりせず、自分の信じたことを続けることと、
自分からPRすることを忘れないでほしい。

どうなるかは分からないけど、何もしないで不平不満を言っているより、
馬鹿にされてもいいから、何か活動を続けていたほうがいいと思う。

生意気なことを言ってすいません。